今回、屋久島を訪れた目的は大きく三つありました。
一つ目は、今後ますます希少になる木材としての屋久杉を扱う業者の方々と、人間関係を築くこと。
二つ目は、屋久杉を素材として扱ってきた立場として、その元となる樹木としての屋久杉、
そして世界遺産でもある屋久島という場所そのものを、きちんと知る必要があると感じていたこと。
そして三つ目は、屋久杉業界でこれまで何かとお世話になってきた、
工房ヤマダの山田さんの訃報を耳にし、そのご挨拶をしたいと考えたことでした。
今回の訪問で印象に残った出来事を、三つの観点から記しておきます。
屋久杉取り扱い店との交流
屋久島では、複数の屋久杉関連業者や販売店を訪ね、話を伺う機会を持ちました。
かつて(昭和中期頃)屋久杉が一斉を風靡し、
大きな家具や椅子が次々と売れていた時代の話が特に印象的でした。
とんでもなく大きな屋久杉製の椅子を作るための機械があり、
その機械自体がその椅子を作るために作られた専用機械だった点。
私自身、大きなイスの製品を目にすることはありましたが、
どのように制作されているのかは、知りませんでした。
その成り立ちや加工方法について、実際に目で見ながら、
当時実際に制作されていた方から直接お話を聞けたことは貴重な時間でした。
AIの進展で急速に変化する時代では、屋久杉という素材に加えて、
このような生の歴史や美化されていない実話や裏話、
苦悩や葛藤などが「物語」として意味を持ち始めるのではないかと思います。
一世を風靡した屋久杉の時代を知る方々から当時を様子を直接聞ける今のうちに
話を聞いて記録としてとどめておくしておくことは、
どこにも残っていない実話という意味で重要なことだと思っています。
屋久島の自然美
今回の屋久島訪問では、銘木としての屋久杉だけではなく、
樹木としての屋久杉を見ようと考えていました。
白谷雲水峡や紀元杉を巡り、山の雰囲気、苔、地形、屋久杉や土埋木などを体感しました。
冬ながら多様な緑がグラデーションをもって私の目を覆い、目を惹きました。
添乗員さんのお話では、春前の時期(3月~5月頃)はさらに、
緑が発色を持ち、生命力を感じるということでした。
木の伐採に適した時期は冬ですが、その理由は木が寝ているからです。
樹液の動きが止まるそのタイミングで切ると、狂い(木材が乾燥時に動くこと)が少ないからです。
その意味で、冬と春ではまた違うという点は筋が通っています。






実際に山を歩き、樹木として生きる屋久杉を目にすることで
素材の背景にある時間や環境を改めて実感する機会となりました。
工房ヤマダにて
屋久島では、工房ヤマダを訪れました。
山田さんは、屋久杉の魅力に惹きつけられ、屋久島での生業を始められた方です。
私自身は、12年前に初めて屋久島を訪れた際に山田さんと知り合い、
その後のやり取りを通じて、屋久杉の魅力を知っていった側面が大きいです。
ものづくりに対するこだわりの強さが印象に残っています。
12年前に屋久島に行った際に製品を前に「通常の塗装後の色味がどうしても納得できずに、色々と研究した」という話を直接お聞きました。
またコロナ後には「レジンのやり方知らんか?」という連絡がありました。
刃物による加工から塗装まで、独学で制作されていたと聞いています。
その山田さんが、約一年前に亡くなりました。
主に電話でのやり取りがほとんどだったので、
亡くなる前に会って話すことができなかったという思いは残りますが
12年前に山田さんの存在感に触れられたことは、今の私にも影響を与えていると思います。
一方で、独自の研究を通した他にない知見を持たれていたはずなので、
それらについてもう少し積極的に聞いておけばよかったと感じています。
その出来事をきっかけに、屋久島という場所と、屋久杉そのものを、
行けるうちにきちんと見ておく必要べきだと直感したことは
今回屋久島に行った経緯の一つです。
工房では、一つ印象的な出来事がありました。
2024年12月、私が仕入れを行った屋久杉で彫刻された七福神の像の販売がありました。
その像とほぼ同じ形状の七福神像が工房ヤマダさんに置いてありました。
私はこれまで一度も、その七福神の像と類似した像を見たことがなく、
初めて目にしたのがヤマダさんのお店でした。
像は商品ではなく、工房の守り神として祀られていました。
自分が選び屋久島にいくことを決めた数日後に販売のあった像と、
屋久島の工房ヤマダさんで祀られていた像が、ほぼ同じ姿をしていたことは不思議な出来事でした。
また偶然、私が滞在していた時期が山田さんの誕生日と重なっていたそうです。
偶然とはいえ「流れ」のようなものを感じました。
さいごに
工房ヤマダで七福神像を見たとき、
屋久杉の歴史や樹木としての屋久杉の姿に触れたとき、
大笑いしながら、かつての一世を風靡した屋久杉についてお話を伺ったとき、
強く感じたのは「屋久杉は流れを生む素材なのかもしれない」ということでした。
人を動かし、判断を呼び、偶然のようで必然のような変化を生む力がある。
今回の屋久島訪問は、そのことを実感する時間だったように思います。
私の目の前にあった(ある)材料としての屋久杉は、
屋久杉という時間、今は亡き多くの人々が関わる歴史を踏まえて、
私の目の前にあるという事実を改めて意識しました。
日常で忘れるそのような様々な「見えないもの」を含めて、
味として表現されるものを大切にしていきたいと思います。


