『景徳伝灯録』(1004年)は布袋様が登場する最古級の文献の一つです。
※布袋が登場する最古の文献『宋高僧伝』全文訳はこちら▼
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『景徳伝灯録(27巻)』

原文
明州奉化縣布袋和尚者,不知何許人也。自稱契此。
形裁腲脮,蹙額皤腹。出語無定,寢臥隨處。常以杖荷一布袋,凡供身之具,盡貯袋中。
入廛肆聚落,見物則乞;或醯醢魚菹,才接入口,分少許投囊中,時號長汀子。
嘗臥雪中,雪不沾身,人以此奇之。或就人乞其貨則售,示人吉凶,必無爽差。
里中童稚喜隨之,環至數百,呼為布袋師。
師見群童,輒以錫杖豎地,掛布袋,一旋轉即人立成圓圈,師亦旋轉隨之,童無不踣地。
若童有疑者,師輒指出曰:「某甲某日某時當作某事。」終不爽。
白鹿和尚問:「如何是布袋?」師便放下布袋。又問:「如何是布袋下事?」師便負之而去。
保福和尚問:「如何是佛法大意?」師放下布袋叉手而立。福曰:「更有向上事否?」師負之而去。
師常以偈示人曰:
「是非憎愛世偏多,隣里何緣不奈何;若得箇中無事了,人間天上樂如何」
又偈曰:
「彌勒真彌勒,化身千百億;時時示時人,時人自不識」
又偈曰:
「有時背口笑,笑壞世間人;世人若學我,多年笑殺人」
又曰:
「大肚能容,容天下難容之事;開口便笑,笑世上可笑之人」
梁貞明二年丙子三月三日,師至奉化岳林寺,暫止長椅,書偈曰:
「彌勒真彌勒,分身百億化;時時示時人,時人自不識」
書已曰:「彌勒真彌勒,下生彌勒佛。」言訖,端坐而逝。後人於椅上得偈,知布袋和尚乃彌勒化身也。
日本語訳(逐語+意訳)
明州奉化県に布袋和尚という僧がいた。その素性や出生地は不明で、自らを「契此」と名乗った。
がっしりした体格に大きな腹、額には皺を寄せ、言うことは定まらず、
どこでも寝起きし、いつも杖に大きな布袋を掛け、身の回りの物はすべてその袋に押し込んでいた。
市場や村里に入ると目についた物を乞い、酢漬けの魚や漬物を少し口にして残りを袋にしまう。
その姿から人々は「長汀子」と呼んだ。雪の上に寝ても体は濡れず、人々はその異相を驚いた。
ときに人から品物を乞い受け転売し、吉凶を告げると日限通りに当たった。
子どもたちは数百人も集まって彼を取り囲み「布袋師」と慕う。
和尚は錫杖を地に突き刺し布袋を掛けて一度回ると、子どもたちも円陣を作り、
一緒に回っては転げ笑った。疑う子には「○日の○時に○○をする」と指摘し、必ず言い当てた。
あるとき白鹿和尚が「布袋とは何か」と尋ねると、布袋を地に置いた。
さらに「その先は」と聞くと袋を担ぎ直して立ち去った。
また保福和尚が「仏法の大意とは」と問うと袋を下ろして合掌した。
保福が「さらに向上の一歩は」と迫ると、やはり袋を担いで去った。
和尚はたびたび詩偈を示して説いた。
「是非や憎しみ愛しみが多いこの世で 隣人といかに和するかは難しい
もしその渦中で無事を得られたなら この世も天上もどれほど楽しいことか」
さらに偈を示す。
「まことの弥勒は千億の化身となり 折々に世の人の前に現れるが 人はそれと気づかない」
また偈。
「ときに背を向け口を開けて笑う その笑いは世間を打ち砕く
もし世の人が私に倣えば 長い年月笑いの中に生きよう」
さらに偈。
「大きな腹は 世の難事をも包み込み 開いた笑顔は 世の可笑しみを笑い飛ばす」
後梁の貞明二年(916)三月三日、奉化の岳林寺に着いた和尚は長椅子に腰掛けて偈を書いた。
「まことの弥勒は百億の身に分かれ化現し 時に応じて人々を導くが 人はそれと気づかない」
書き終えると「これぞ真の弥勒、弥勒仏の下生である」と言い残し、端坐したまま息を引き取った。
後に椅子に残る偈を見て、人々は布袋和尚こそ弥勒の化身であったと悟った。
さいごに
布袋様が実在した禅僧であることは以前から知っていましたが、
まさか中国語のままの原本に触れる機会があることは想像していませんでした。
(調べると公開されており、読むことができることが判明しました)
その中で、この書物が当時禅宗という宗教のPRのために国家事業として編纂されたということが
わかりました。
そうした背景があるにせよ、かなりの分量に多数の禅僧が出てくる中で
(多分)布袋だけが突出して現代に残っていることは事実です。
それだけ布袋様が縁起がよかったのか。どういう因果があるのかは、分かりようがありませんが
愛嬌のある笑みが印象的な布袋様になった途方もない時間とプロセスが、その福の神の所以を物語っているようです。


