白髭をたくわえ、長い杖を手に鹿を連れ、桃を持つ温和な老人。
寿老人(じゅろうじん)は、七福神の中で「長寿」を司る神です。
派手さはないものの、歳月を重ねるほどに深みを増す静かな福を授けてくれる存在です。
本記事では、その起源や伝説、祈りの言葉や象徴を通して、寿老人が語る「長寿」の本質に迫ります。
寿老人の起源と変遷
寿老人のルーツは、中国の道教に登場する「南極老人星(カノープス)」です。
南の夜空にひっそりと輝くこの星は、古代中国において「見た者が長寿を得る星」として尊ばれてきました。
その信仰が平安時代に日本へ伝わり、室町から江戸にかけて「七福神」の一柱として定着しました。
・前漢末〜六朝(紀元前1世紀〜6世紀)
長江流域では、白髭の仙翁と鹿を伴う「南極老人星」の人格化が信仰されるようになる。
・唐代(7〜9世紀)
空海らが唐で占星術を学ぶ中で、道教的価値観が取り入れられ、日本密教にその影響が及ぶ。
・鎌倉〜南北朝期(12〜14世紀)
宋版画をもとにした「福禄寿」や「寿老人」の図像が禅僧により伝来。巻物・鹿・長頭などの特徴が定着。
・室町前期(14世〜15世紀)
雪舟による「寿老人図」や、禅画に描かれる。寿老人が「長寿」の象徴として庶民に浸透。
・室町後期〜桃山(15世〜16世紀)
七福神が現在の七柱構成にまとまる。寿老人が「長寿」の象徴として選ばれる。
・江戸時代(17世〜19世紀)
幕府が泰平・長寿を掲げて七福神の信仰を奨励。寿老人は「長寿」の象徴として、絵画・出版物に多数登場。
・明治以降
七福神が全国に広まる。福禄寿と並び「健康長寿の守り神」として信仰が広まる。

寿老人の伝説
寿老人にはさまざまな伝説が残されています。
寿老人がフォーカスしたいのは「命の長さそのもの」ではなく「瞬間瞬間を懸命に生きること」の方だと読み取れます。
1.「寿老人が桃を授ける話」
ある日、旅の僧が険しい山道を歩いていると、道ばたに腰かけた一人の老人に出会いました。
老人は白髭をたくわえ、杖を手に、静かに微笑んでいます。
僧が挨拶すると、老人はふところから芳しい香りの桃を一つ取り出し、無言で僧に差し出しました。
僧は礼を言ってその桃を受け取り、かじると、
まるで天上の香りが漂うような芳香が口いっぱいに広がり、
周囲の空気さえ清らかに変わったように感じました。
感嘆した僧が再び顔を上げると、老人はすでにその場を離れ、
雲に乗って静かに空へと昇っていく姿がありました。
驚きのまま僧が足元を見ると、そこには鹿の足跡がくっきりと残っていました。
人々はこの場所を「寿老人が桃を授けた地」として語り継ぎ、やがてその地には小さな祠が建てられました。
(※『酔翁談録(すいうおうだんろく)』より)
《 この逸話が物語る寿老人の長寿観 》」
この話は「長寿」の意味を示唆しています。
・長寿とは、物理的な時間の延長ではなく、瞬間に込められた永遠性(桃の一口)である。→自分を生きよ
・それは、予期せぬ時に、ふと現れるものであり、求めて得るのではなく授かるもの。→シンクロニシティ
・神仏は姿をとどめずとも、印(しるし)=足跡や余韻を残していく。→見ているよ
この話以外にも、寿老人には数多くの逸話が残ります。
2.星の化身
南極老人星(カノープス)は、一年に一度しか見えないません。そのため幻の星という異名を持ちます。
この星が地上に現れた姿が寿老人です。
3.巻物
寿老人が手にする杖には巻物が結ばれています。
そこには生きとし生ける者の寿命が記されていると伝えられます。
彼がその寿命を書き換えることで、延命が叶うという言い伝えがあります。
4.鹿との関係
鹿は千年生きると「玄鹿(げんろく)」、さらに千年で「白鹿(はくろく)」になるという中国の伝承があります。
寿老人と共に描かれることで、悠久の長寿を象徴します。
5.酒好きの老仙
唐の詩人・白居易の詩集に「寿老人が桃酒を人々と酌み交わし、長く酔いしれていた」という逸話があります。
「寿を養う薬」として酒を楽しむ姿勢こそ、長命の秘訣だとされています。
6.囲碁と無為自然
囲碁を打つ寿老人の絵には、「尽きぬ時」「急がぬ心」という、時の流れを味方にする智恵が込められています。
ご利益・意味・効果 ─ 長寿・健康・人徳
寿老人のご利益は単なる長生きにとどまりません。以下の3つの力が、信仰される大きな理由です。
| ご利益 | 内容 | 働き |
|---|---|---|
| 長寿 | 時間を味方にする | 歳月を重ね、円熟と洞察が深まる。生命エネルギーの活性。 |
| 健康 | 内面の整理 | 心身の微妙なバランスを整えることで結果的に無病息災へ導く。 |
| 人徳 | 人をつなぐ | 長寿が育む寛容さや温かみが、人間関係を円熟させる。 |
寿老人は「長い時間を健やかに味わい、自然と生まれるゆとりで人を和ませる力」を授けてくれる神です。
ご真言・マントラ ─ 寿老人に祈る言葉
寿老人には、次のような祈りの言葉が伝わっています。
オン バサラ ユセイ ソワカ
普賢延命菩薩と共通する真言。“金剛の力で長命を成就せよ” という祈りです。
この言葉でなければならないという形式よりも、大切なのは長寿への感謝と願いを込め、自分が続けやすい形で祈ることです。
梵字と祈りのかたち ─ シンボルとしての表現
寿老人は中国の道教に起源をもつため、公式の梵字はありません。
各寺社にて「アン」(普賢菩薩)「バイ」(薬師如来)「キリーク」(阿弥陀如来)の梵字が当てられることがあります。
まとめ ─ 寿老人が物語る「長寿」とは
寿老人が教える「長寿」とは、単に年を重ねることではなく、
今この瞬間を深く味わい、その余韻を周囲と分かち合う生き方です。
彼の伝説に登場する桃の香りは、日々の小さな喜びを濃密に味わう感性を象徴しています。
鹿の悠然たる歩みは、心と感情が滞ることなく、柔軟に流れることの大切さを示しています。
また、南の空に輝く星の光は、見えないところで私たちを照らし続ける恩恵を表しています。
こうして与えられた時間を、熟成された酒のようにじっくりと醸しながら、
他者にも自分自身にも温かな足跡を残していくこと。
それが、寿老人の「長寿」の意味ではないでしょうか。



