吉祥天とは?ご利益・ご真言・梵字まで─美と繁栄を体現する天女

弁才天

起源はインド神話に登場する「美と繁栄の女神」ラクシュミー(梵語 Lakṣmī)。
古来より弁財天と並んで人気を集めてきました。
吉祥天(きっしょうてん)は、七福神に含まれていた時期もあるようです。
毘沙門天を夫に持つとされ、二神一対の夫婦神として知られます。
この記事では、吉祥天の起源と変遷、梵字、真言、ご利益などを通して、
その本質とされる「吉祥(śrī)=整った美と調和が場にもたらす福徳の充満」の意味を探っています。

吉祥天のルーツ、変遷

吉祥天の起源は、古代インドです。吉祥をあらわす「シュリー(śrī)」という概念に行き着きます。
インドの女神信仰から日本への伝播までの歴史を時系列でまとめました。

紀元前1500–1000年ごろ|「吉祥」の起源
インド最古の文献『リグ・ヴェーダ』で、
シュリーが「輝き」「富」「繁栄」などの美徳を指す言葉として用いられました。
当初シュリーは女神の名前ではなく抽象概念でした。

紀元前1000年-500年ごろ|人格神として登場
『リグ・ヴェーダ』原本編纂後、数百年かけて、追記された文献の中に
『シュリー・スークタ(Śrī Sūkta)』(『リグ・ヴェーダ』付録)があります。
この中に初めて「ラクシュミー」という表音で女神として固有名詞であらわれます。
ちなみにシュリーとラクシュミーが同一視されるのは、
この『シュリー・スークタ』文献が複数巻存在し、前半では「シュリー」に語りかけており
後半になるとそれが「ラクシュミー」に置き換わっているからです。
「黄金の輝きを放つ女神」「蓮華に座す姿」「穀物と象に囲まれる」といった表現で登場します。

紀元前後〜中世|乳海攪拌の物語・ヴィシュヌ神の妻としてラクシュミーが描かれる
インドの世界開闢の神話「乳海攪拌(にゅうかいかくはん|サムドラ・マンタナ)」に登場します。
ヒンドゥー教三大神の維持神「ヴィシュヌ」の妻として描かれます。
「神々と悪魔が不老不死の霊薬を得るために乳の海を攪拌した際、女神ラクシュミーが海中から出現し、ヴィシュヌ神を夫に選んだ」と伝えられます。
ラクシュミー「満ちた福徳」×ヴィシュヌ神「守護する」という関係性が
のちにに夫婦神として「吉祥天」×「毘沙門天」として描かれることにつながります。

5世紀以降|インド→東アジア ,『金光明最勝王経』に描かれる吉祥天
5世紀初頭にはインドで本経が整っており、中国では曇無讖(どんむしん)が420年に漢訳しました。
その後、義浄703年に十巻本を訳し、これが日本にもたらされます。
このお経の中で吉祥天は
「この経を大切にする人に、衣食住など必要なものが欠けないようにし、飢饉を退け、豊作と安寧をもたらす」と誓っています。
「掃除などの清浄・花や香の供養・名を唱えること、短いマントラ」の実践が
「家や町が乱れず、飢餓・飢饉を防ぐ」と具体的に説きました。

日本での受容|国家の安泰に祈られた吉祥天
奈良時代、聖武天皇は741年に国分寺建立を命じ、各国分寺の塔に『金光明最勝王経』を安置しました。
紫紙に金泥で写した「金字経」が今も伝わり、当時このお経が鎮護国家の中心に置かれていたことがわかります。
経文では、吉祥天が「七宝の宮殿」に住み、
それは「功徳華光」という園林にあり、「アラカー(アラカーヴァティ宮)の周辺」にあると述べます。
アラカーとはヒンドゥー神話で財宝神クベーラ(毘沙門天と同一視される神)の都として知られる都市名です。
財の都の近くに住する女神という位置づけが意識されています。
※なお、お経の本文では「毘沙門の妻」と断定はしていません。
妻とするのは主に日本で発達した理解です。

ご利益 ─ 整えば満ちる

吉祥天は美と繁栄の象徴として、人々に様々な福徳を授けてくださる女神です。
その代表的なご利益には次のようなものがあります。

美貌成就・愛敬富貴・財運招福・商売繁盛
縁結び・良縁成就・家内安全・子孫繁栄
五穀豊穣・豊かな実り・健康長寿・無病息災・開運厄除・心願成就

整った場に、吉祥は自然に集まる。

マントラ・ご真言

吉祥天の真言は次のように伝わります。

オン・マカ・シリヤ・エイ・ソワカ

「大いなる栄光(吉祥)を成就させ給え」という祈りが込められています。
唱えることで美と福徳を呼び込み、心に光を宿すと信じられてきました。

梵字─吉祥天をあらわす文字

吉祥天の梵字(種字)は、「シリー」です。
「シリー」はラクシュミーの「栄光・繁栄」を意味し、福徳を象徴する文字です。

梵字とは祈りをかたちにしたもの。身につけたり、眺めたりすること自体が、祈りの行為になります。

吉祥天─吉祥は整えることで招かれる

吉祥天が示すのは、何か特別な力を足すことではなく、いま在るものを端正に整えることです。
場が澄めば心は静まり、静まった心は福を受け取る器になります。
器が中身を迎えるためにまず器を整えるように、暮らしも器が先、福は後に満ちていきます。

整えるとは、難しい行ではありません。
姿勢を正し、呼吸を深め、身の回りを清め、感謝を忘れない。
誰にでもできる小さな所作の連なりです。
乱れを一つ減らすたびに、空間と時間に余白が生まれ、その余白が良いリズムを呼び戻します。
リズムが戻れば、必要なものが必要なときに届きやすくなる。
それを私たちは「ご利益」と呼んできました。

豪奢な装いの女神像は、遠い奇跡を約束するためではなく
「いま在る豊かさに目を向けよ」と静かに告げているのかもしれません。
掃除ひと拭き、道具ひと磨き、一言「有難う」

豪奢な女神の微笑みの裏には、
実は日々の整理整頓や感謝の心といった、平凡だけど尊い行いこそが幸福の鍵であると、
私たちに静かに語りかけているように感じられます。

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