1400年も前の姿をほとんど変えずに継承されてきた雅楽。
一見、まったく異なる世界のように見える「銘木材」と「音楽」ですが、
背後にどこか共通する美意識が感じられます。
「私たちも自然の一部にすぎない」という前提があるように見えます。
正倉院には、1400年前頃に制作された、銘木材が使われた雅楽器・御物が残っています。
それぞれの美意識について掘り、一般には語られない裏側の共通点に迫ってみました。
木の造形に美を捉える銘木美
銘木とは、木材の機能性ではなく、見た目に光を当てたものの見方です。
建築材料に向かない節や瘤、また木目がうねるように走る木材は、
自然が何十年、何百年とかけて生み出した造形です。
日本では古くから、こうした木材のいびつな部分を一種の意匠として、
大黒柱や床の間のしつらえとして使用してきました。
雅楽が奏でる古代の響き
一方「雅楽」は約1400年前に渡来し、
平安時代中期(西暦900年頃)に完成した世界最古の音楽芸術です。
雅楽は伝統芸能、古くさい、保守的というイメージがありますが、
「自然の摂理を音で表現したもの」と考えられています。
現代の音楽とは発想が異なるようです。
例えば、現代の感覚ではノイズになる空気音をあえて排除せず、楽器本来の響きとして尊重します。
またメロディをリードする指揮者がいません。
演奏者同士がお互いの呼吸や間を感じ取り合うことで、
一つの調和を生み出します。
ノイズとされがちな音までも自然の一部として取り込み、
それを敢えて排除することなく、全員が同じ時間と空間を共有しながら音楽を作り上げます。
そうしたあるがままを尊ぶ在り方は、
まさに銘木がもつ節や瘤をあえて残す発想と重なります。
自然のあるがままを活かす心
銘木にしろ雅楽にしろ、そこに通じるのは「自然が本来持つ力を引き出して尊ぶ」という観点です。
銘木は、節や瘤などの自然の造形を含めたものを一つの形として、そこに美しさを見ようとします。
雅楽もまた、自然の摂理を音に映し出そうとしてきた特殊な音楽です。
おわりに
銘木と雅楽は、いずれも人と自然が織りなす芸術の姿です。
- 自然の造形をそのまま活かしきる銘木
- 自然の摂理を音にのせる雅楽
まったく異なるジャンルでありながら、どちらも1400年もの時を超えて生き続けています。
これだけ科学技術が発展した現代でも、風化せず残っている背景には、
意識的にせよ無意識的にせよ、そこにある古代の人々が見出した観点から、
今なお通用する「何か」を、感じ取っているからかもしれません。
ロマンがありますね。
こうした「過去との共鳴」は、今後より大切な体験になってくると思っています。


