神様の偶像化の起源─まずあったのは言葉 / 仏像,縁起物

経典

私たちが目にする神仏の偶像は、なぜ共通した姿形をしているのでしょうか。
その起源を辿ると「経典(物語)の言葉」に行き着きます。
この記事では、普段は意識しにくい「偶像の前にある言葉」に注目し、
現在の偶像を新たな観点から捉え直してみます。

多様な尊格と数名の実在

仏神各尊には多様な偶像が存在します。
しかし、その中で歴史的に実在が確認されているのはごく一部です。
・釈迦(ゴータマ・シッダールタ)
・達磨(ボーディダルマ)
・布袋和尚(契此)
・空海(弘法大師)
・最澄(伝教大師, 767–822)
・玄奘(唐僧, 602–664)
・鑑真(688–763)
・親鸞(1173–1263)
・道元(1200–1253)
・日蓮(1222–1282)

この中でも、現代の人々が日常的に触れる偶像は
「釈迦」「達磨」「布袋」「空海」の四尊が中心ではないでしょうか。

では、それ以外の神仏はどこからやってきたのでしょうか?

インド最古の宗教|バラモン教の神々

多くはインド最古の宗教であるバラモン教に由来します。
その経典『リグ・ヴェーダ』(紀元前12世紀頃に編纂)には多くの神々が登場し、後に仏教や日本の信仰の中に取り込まれました。

例えば
ブラフマー(創造神) → 梵天
シヴァ(破壊と再生の神) → 大黒天(シヴァの忿怒相「マハーカーラ」を由来とする)
サラスヴァティー(学芸と水の女神) → 弁財天
クベーラ(財宝神) → 毘沙門天
特に梵天は、仏教創始にまつわる「梵天勧請」の物語で重要な役割を果たしています。

言葉が像を生む

つまり、仏神の偶像を遡ると、その源流は経典に記された「言葉」です。
文字として記録された神々の性質や姿が、人々の想像を介して造形化され、偶像となっていきました。
「言葉 → 想像 → 造形 → 偶像」という変換のプロセスは、単なる図像化ではなく、
祈りを媒介にした精神的な営みだったと言えます。

背後には無数の違った偶像があった

リグ・ヴェーダ成立から現在までの3200年という途方もない時間の中で、
信仰の対象となりながら忘れ去られた神々も数えきれないほどあったはずです。
今私たちが目にする偶像の背後には、歴史の中で消えていった無数の像が織り込まれています。
一人の書き手が残した言葉が、読み手の解釈を経て形を与えられ、3200年もの間祀られてきた。
そう考えると、偶像とは単なる像ではなく、「言葉から形へ」と至る長大な時間の堆積そのものだと見えてきます。

偶像に託される祈り

私たちが祈りを捧げるとき、その対象がもたらす安心感は、
偶像が無数の祈りを受け続けてきた時間の重みから生まれているのかもしれません。
偶像を前にするという行為は、単に形を拝むのではなく、
言葉と祈りが重ねられた時間に触れることでもあるのかもしれません。


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