『宋高僧伝』(988年)は布袋様が登場する最古の文献です。
タイトルに「契此伝」とあります。

原文
釋契此者不詳氏族或云四明人也形裁腲脮蹙額皤腹言語無恒寢臥隨處
常以杖荷布囊入肆見物則乞至於醯醬魚菹才接入口分少許入囊號為
長汀子布袋師也曾於雪中臥而身上無雪人以此奇之
有偈曰彌勒真彌勒化身千百億時時示時人時人自不識
又偈曰有時背口笑笑壞世間人世人若學我多年笑殺人
又曰大肚能容容天下難容之事開口便笑笑世上可笑之人
常立大橋上或問和尚在此何為曰我在此覓人又問何人曰與我一文錢者
常就人乞啜其坐則物售囊中皆百一供身具示人吉凶必現相表兆亢陽
即曳高齒木屐市橋上竪膝而眠水潦則系濕草履人以此驗知
以天復中終於奉川鄉邑共理之後有他州見此公亦荷布袋行江浙之間多圖畫其像焉
日本語訳(逐語+意訳)
僧・契此は、その俗姓や出自ははっきりせず、四明(現在の浙江省寧波周辺)の人だとも伝えられています。
体は肉付きがよく、額には皺が寄り、腹は白く大きい。
言葉に一貫性はなく、寝泊まりの場所も定めず、いつも杖に大きな布袋を掛けて放浪しました。
市場に入って物が目に入ると少し乞い受け、酢や味噌、漬け魚なども口に少量入れて残りを袋へ放り込みます。
その風体から人々は彼を「長汀子」あるいは「布袋師」と呼びました。
雪の中に寝ても身に雪が付かないことがあり、人々はその不思議を語り合ったといいます。
彼はしばしば偈頌を示しました。
「まことの弥勒は千億の化身となり、折々に人々の前に姿を現すが、人はそれと気づかない」
「ときに背を向けて笑い、世をも笑い壊す。もし人々が私にならえば、長く笑って生きられよう」
「大きな腹は世の難事を包み込み、開けた笑顔は世の可笑しみを笑い飛ばす」と。
契此はよく大きな橋の上に立ち、人が「ここで何をしているのか」
と尋ねると「人を探している」と答えました。
「誰を探すのか」と重ねて問われると、「私に一文銭をくれる人だ」と返したと言います。
また、人から乞い受けた物をその場ですぐ売り払い、袋には身の回り品が雑多に百品ばかり入っていました。
吉凶を占って示すと必ず徴が現れたと記録されています。
猛暑になると歯の高い木屐(ぽっくり)を履き、橋の上で膝を立てたまま眠り、長雨の時には濡れた草履を結わえたと言われます。
人々はこうした所作を天候の兆しとして受け取ったようです。
唐の天復年間(901–907)に奉川(奉化)でその生涯を終えました。
のちに他州でも同じ姿の僧が布袋を担いで歩くのが目撃され、江浙一帯ではこぞって彼の姿を絵に描くようになったそうです。
さいごに
本書物『宋高僧伝』は数百ページに及び、様々な禅僧が現れます。
どうして、これだけ数多くの僧の中で、1000年をこえて布袋だけが残ったのか。
そのような思いが浮かび上がってきました。
現代は、情報が民主化され、過去の古書が開放されており、調べると色々と出てきます。
原本の翻訳にはAIを活用することでハードルが下がっています。
今回は布袋(契此)に絞って思考を巡らせましたが、過去の一次情報にあたり、
それを正確に読み解いて、その内容を元に推測することで
世の中に出回っていない見解になるかもしれないという予感を感じました。


