【仮説】なぜ古代~中世に「木目」は文献に残らなかったのか?

【仮説】なぜ古代~中世に「木目」は文献に残らなかったのか?

木材の材面を「木目」と呼びます。
これは今に始まったことではありませんが、相当に古いというわけでもありません。
江戸時代の文献にはあらわれていますが、
古い時代の文献には、不思議なほど「木目」そのものを論じた記述が見当たらないのです。
その理由について、概ねそうだろうと思われる仮説を簡単にまとめました。

1. 木材への深い理解は古くからあった

日本書紀や古事記にも、木材や樹種に関する記述が残るように、
日本人は木を扱う術を早くから心得ていたと思われます。
奈良・平安の頃には巨大な寺院や宮殿を建てるため、
大量の木を切り出し、適材を選んで組み上げる技術が存在しました。
つまり、材質や特性に目を向ける文化は確かにあったはずです。

しかし、文献を見渡しても、
“変わった木目”を美として愛でているような記述はほとんど見られません。
「当時は木目を気にしなかったのか?」
―その疑問に対して、少し別の見方をしてみるのが今回の試みです。

2. 正倉院の厨子に見る可能性

奈良時代の宝物を収蔵する正倉院には、
玉杢(たまもく)のけやきや黒柿(くろがき)、紫檀など、
今日でも貴重とされる材を用いた調度品が残ります。
いずれも入手が難しく、加工にも高度な技量が求められるものばかりです。
それが皇室の特別な品として使われた事例から、
古代の日本でも“珍しい木目”に価値を見いだしていた可能性は否定できません。

3. 文献に登場しなかった理由―仮説

3-1. 運搬と流通の困難

大径木や複雑な形状の木材は、山間部から搬出するだけでも大仕事。
古代・中世の道は整備が行き届かず、車両輸送もない時代です。
そうした希少材を大規模に流通させるには、権力をもつ組織や莫大な費用が必要だったでしょう。
当然、一般の市場に出回るはずもなく、話題として広がる機会も限られたと考えられます。

3-2. 加工技術と“秘伝”の問題

玉杢や虎杢のような木理が乱れた部分は、加工難度が高く、道具にも特殊な工夫が要ります。
当時は大工や仏師など、家系や師弟のあいだで口伝・秘伝として技術が伝わることが多く、
公に記録を残す習慣がなかった可能性があります。
その結果、どんなに素晴らしい材が使われていても、
公式な文献には書き込まれずに終わったのかもしれません。

3-3. 彩色・漆塗りが主流だった

仏像や寺社の調度品は、彩色や漆で豪華に仕上げるのがあたりまえの時代。
木の素地を前面に出して魅力を示すという発想が、今ほど一般的ではなかったのでしょう。
せっかく珍しい杢目があっても、塗りで覆われれば外からは分かりません。
それでは文献にも「木目が美しい」という記述は出てこないはずです。

4. 「記されなかった」だけかもしれない

こうした背景を踏まえると、“木目”に価値を置いていなかったわけではなく、
むしろ極めて限定的な領域でしか扱われなかったと考えるのが自然です。
正倉院の厨子など、ごく一部の例外だけが奇跡的に残っていることを見れば、
皇室や有力寺院では既に“模様としての木”を認識し、活かしていた可能性があります。
保管環境が悪ければ木材は朽ちるため、1000年以上経った製品が残ることはありません。
流通が限られ、加工技術が秘匿され、公の文献にもほとんど記載が残らなかった。
それが文献の「空白」の正体ではないでしょうか。

5. 江戸期以降、文献に「木目」があらわれ出す

時代が下るにつれ、交通網の発達や町人文化の台頭、
茶の湯などの芸術観の変化によって、
「銘木」や「珍しい木目」が市中に認識される土壌が整います
たとえば、茶室の床柱に変木を使う工夫や、
指物師が虎杢や根杢を用いた洒落た家具を作りはじめると、
徐々に文献にも「○○の杢が美しい」などの表現が現れてくるわけです。
さらに、樹木の根を主に扱ったとされる銘木商、いわゆる「ねこ屋」
と呼ばれた材木店が存在した、という説もあります。

6. まとめ

古代から木を扱う豊富な知識はあったとはいえ、希少な杢目材は、
搬出・加工が難しかったため、一般には流通しなかった
という点はほぼ間違いないはずです。
結果として、大きな文献に登場するほどの評価はなく、
「木目」に関する記述が古代~中世にはほとんど見られなかったと思われます。

ただし、正倉院の厨子のように皇室レベルで珍材が使われた事例から、
一部では「木目」を認識し、一定の評価を受けていたことがうかがえます。
そうでなければ、わざわざ、入手が困難かつ扱いにくい特殊材は使われていないはずです。

江戸期以降、交通網と道具の進歩、情報の広まりにより
銘木材が流通し始め、文献にもその名が見られるようになりました。

古来の人々が木の見た目に美しさを捉えていなかったのではなく、
特殊な条件下でしか扱われなかったために、文献に顕在化しにくかった。
あくまでも私の仮説ですが、これが主な理由ではないかという結論です。

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